松田
「伝説は、次の章へ」
昨年末に行われた、全国大会の切符を賭けた福岡県大会。
トーナメント戦の特性もあるだろうが、全23試合中(第二次予選)1点差ゲームは11試合。
1点を争う好ゲームを数多く演出してくれたのは、もちろん全員の力ではあるが、その中でも、
最後の所で好セーブや勇気ある判断で、チームの大ピンチを救ったゴールキーパーの存在が
大きかった。
福岡県大会では、本当に多くの素晴らしいゴールキーパー達に出会った。
その中でも、全国にその名を轟かせたのが、東福岡高等学校の松田亮選手だった。
初戦となった飯塚高等学校戦で、チームの絶体絶命の窮地を、PK戦全ストップという離れ業で
勝利に導くと、その後も続いた1点を争う勝負に貢献し、全国大会への切符を掴んだ。
全国大会での戦いは、残念ながら2回戦で姿を消すことになったが、高校生離れした抜群の反射神経
で好セーブを連発。見事なパントキックと共に、全国の高校サッカーファンを驚かせた事だろう。
IMG_7649
高校からプロへ、という目標は叶わなかったが、まだ彼の伝説は始まったばかり。
大学サッカーでの4年間で、今度はどんな新たな伝説を作ってくれるのか、今から楽しみだ。

〜順風満帆ではなかった3年間〜
Q 日本高校サッカー選抜の合宿に参加されていましたが、いかがでしたか?
「タイプの違うキーパー2人(飯田雅浩選手・青森山田、八井田舜選手・岡山学芸館)と
一緒に練習をして、自分に無い所であったり、自分に出来ないプレーとか、2人のプレーを見て、
良い刺激を貰ったので、すごく充実した3泊4日になったと思います」

Q 仲の良い選手とかは居ますか?
「富山第一のキャプテンの、中田青選手ですかね。去年の選手権の時も、その遠征の時にも
試合に出てたらしくて、そういう事もあって話ししたりして、仲良くなった感じですね」

Q もうすぐ卒業ですが、どんな高校3年間でしたか?
「1年生の時は、今自分で考えても上手く行き過ぎというか、途中まで上手く行っていたんです
けど、最後の方調子が落ちて締めが悪かった。そして2年生の頃は怪我が多くて、精神的には
鍛えられましたけど、試合やサッカーが出来ない事を考えれば、苦しい時期でした。
3年生では、チームの最上級生になったので、みんなを引っ張って行く責任感を持ってやれた
と思っています」

〜ボール一点に集中していた〜
Q 昨年の選手権の福岡大会、優勝を確信した時はありますか?
「そんな感じた試合は無かったですけど、自分達だけではなく、他のチームの3年生も最後の
大会だったので、いつも以上の力を出して来ていると感じていました。そこはしっかり負けない
様な気持ちで、1試合1試合臨んでいました」
IMG_3739
Q 一番話題になったのは、飯塚戦でのPK戦でした。
「周りの音があんまり聞こえなかったというか、ボール一点に集中しているので、そんなに音とか
飯塚のサポーターのブーイングとかは聞こえなかった。自分の中で集中力を高めて行けたので、
そこは落ち着いてプレー出来た要因だと思っています」

Q 優勝に挑んだ全国大会は、2試合で終わってしまいました。 
「1試合目の浦和南戦は、向こうからすればリベンジだったと思うので、入りからガンガン来る
だろうと。自分ではしっかり準備していたので、ファーストシュート、セカンドシュートを止める事
が出来たと思う。でも打たれ過ぎと思っていたので、そこは甘かったと思います。
2試合目の尚志戦は、完全に自分達の攻撃を潰しに来ていて、自分達のサッカーが出来なかったので、 
不完全燃焼という表現が、一番合っていると思います」

Q 戦いが終わった瞬間、何を思いましたか?
「何も思えませんでした。早かったなぁという感じです」

〜地元でのデビュー戦で勝利〜
Q 東福岡は、開設当初からプレミアリーグで戦っています。戦って見て、いかがでしたか?
「もちろん高体連とJユースのチームでは、スタイルも当然違います。ブロックを敷いてやる
サッカーが多かったので、そこで焦れないというメンタルと、しっかり最後まで我慢してやる
というこだわりを持ってやっていた。相手の方が、ボールの保持率が高くても勝てた試合も
多かったので、その分成長出来る面が多かったと思います」

Q 今後、東福岡がプレミアで優勝する為に必要な事は?
「リーグ戦なので、大事な所で取りこぼさないって事と、相手の勢いに飲まれないって事が、
大事なんじゃないかなと感じました」
IMG_7817
Q 3年間のプレーの中で、一番印象に残った試合は? 
「やっぱりプレミアリーグのデビュー戦。大分トリニータUー18とのアウェイ戦です。
http://www.jfa.jp/match/prince_takamado_trophy_u18_2016/premier_2016/west/schedule_result/pdf/m1706.pdf
自分の地元っていう事もありますし、しっかり逆転勝ち出来た。自分の初出場で、勝ちを手に入れた
っていうのは、素直に嬉しかったです」

〜ミスは誰でもする。切り替えが大事〜
Q ゴールキーパーをやり始めて、5、6年らしいですが、その前のポジション、キーパーをやるキッカケは? 
「基本フォワードをやっていました。自分の周りに出来る人が居なかったので『キーパーしないか?』って言われて。
1年生の時にも練習には参加はしていたんですけど、本格的にっていう感じではなかった。
2個上の先輩が引退してから、背の高いキーパーが居なかったので、それで練習を本格的に始める事になりました。
そうしたら、東福岡の下川敏文さん(コーチ)から声を掛けて頂いて、そこから東福岡の練習に参加っていう感じです」
IMG_1336
Q ゴールキーパーをするにあたって、見本にした選手とかはいますか?
「ゴールキーパーを始めた頃は、自分がサッカーをする事に夢中になっていたので、そんなに
サッカー選手を知らなくて(笑)。その時は、本当にサッカーをやるだけで楽しかった。
見る楽しさっていうのは、その頃は知らなかったと思います」

Q ゴールキーパーをする上で、一番大事にしている事は?
「もちろんミスは誰でもするので。ミスした後、失点した後、気分が落ちる様なプレーをした後の
切り替えが一番大事だと思っています。もちろん、精度を上げるっていうのも大事な事ですけど、
どこかでミスはするものなんで。切り替えが、ゴールキーパーにとっては、一番大事なんじゃない
かなと思っています」

〜サッカーを楽しむ事〜
Q 大分県から来られましたが、東福岡に決めた理由は?
「自分達と入れ替わりの代の、インターハイと選手権の二冠を獲った中村健人さんが、小学生の頃
チームメイトで、自分的にも刺激を貰いました。Jのユースとか他の高体連のチームにも声を掛けて
頂いたんですけど、一番最初に声を掛けて貰った東福岡に行って、上を目指そうと決意しました」 

Q 東福岡は部員が多いですが、ポジションを掴むのに、不安とかは無かったですか? 
「正直無かった。見る事よりも、する事が楽しかったので、どんな時でもサッカーは楽しいもんだと
思っているので。練習もそうですけど、サッカーを楽しみつつ、色んな事を吸収して取り組んでいた
ので、周りとかは気にならず、不安とかは無かったです」

Q 東福岡の3年間で、一番学んだ事は? 
「試合に出た後、どういう意識とか姿勢を持ってレギュラーは渡さない様にするのとかを学び
ました。と同時に、責任感とかも他の選手よりも大きくなっているので、東福岡に来て一回り
大きくなったと思います」

Q 志波芳則総監督、森重潤也監督に言われて、印象に残っている言葉は? 
「2人から良く言われていたんですけど「やられる前にやれ」と。相手のミスを待つんじゃなく、
自分達から先に仕掛けて、相手のリズムを崩せと。これは大事な事だと思いますし、笛が鳴るまで
自分達の方から諦めずにやるっていう事を、良く言われていた。そこは意識してやっていましたし、
これからもやって行きたいと思っています」
IMG_4896
IMG_0332
Q 改めて、東福岡のサッカーの魅力は?
「何しろ日本一の部員数なので、しっかりそこでレギュラー争いを楽しめるという事とか、色んな
選手、色んな性格の部員が居るので、そういう所で内面的にも関わりが多くなって来るので、
そういう所が良いかなと思います」

Q 東京の大学に進学する様ですが、どんな4年間にしたいですか? 
「大学では、先ず開幕のスタメンを手に入れて、1年生からしっかり活躍して、優勝に大きく貢献
したいです。高校からは駄目だったので、大学での4年間で自分を見つめ直し、プレーの精度を
磨き上げて、ゆくゆくはプロの世界に飛び込みたいと思います」

Q 最後に、これまで支えて下さった方々、後輩達にメッセージをお願いします。
「3年間、色んな形でサポートや応援をしていただいて、ありがとうございました。
自分が居た東福岡の3年間で、良い結果や優勝報告は出来なかったんですけど、皆さんの応援や
支えがあったからこそ、3年間真摯に取り組む事が出来ました。特に家族や、親しい友人など、
身近な存在からの応援が、僕にとって力になりましたし、励みになりました。
この東福岡で学んだ3年間は、一瞬も無駄にならないと思うので、今後も努力や成長する事を
怠らずに、皆さんに良い報告が出来る様に頑張るので、これからも応援をよろしくお願いします。
後輩には、先ずは県内は無敗で終わって欲しいという事と、自分達の代の成績を超えて欲しい。
良い結果を残して、ぜひ東福岡の名前を、また全国に広げて行って欲しいと思います」
IMG_0394
(取材日 2019年1月29日 電話取材)